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発熱植物ザゼンソウの温度調節メカニズムの核心に迫る新しい遺伝子を発見! ―ザゼンソウが発熱時に悪臭を発しない理由とは?―

掲載日2024.02.07
最新研究

農学部 応用生物化学科
教授 伊藤 菊一
分子生物学

岩手大学農学部の伊藤菊一教授らの研究グループは、発熱植物ザゼンソウを対象にしたトランスオミクス解析により、本植物の発熱組織でその発現が特異的に賦活化されている一連の遺伝子と代謝系の全貌を解明しました。特に、ザゼンソウの発熱組織で最も高い発現量を示す遺伝子(selenium-binding protein 1/methanethiol oxidase)は、ザゼンソウの熱制御システムに密接に関わるだけではなく、本植物が発熱時に悪臭を発しない理由を説明できる重要な遺伝子であることが明らかになりました。

本研究の成果は、外気温の変動にも関わらずその花器温度をほぼ一定に保つことができるザゼンソウの温度調節メカニズムの核心に迫るものです。本研究は、寒冷環境におけるザゼンソウの発熱現象の分子基盤の理解に留まらず、地球規模の気候変動下における農作物の安定的な生産にも繋がることが期待されます。本研究成果は、岩手大学大学院連合農学研究科 谷本 悠 大学院生を筆頭とする論文として2024年2月6日(米国東部時間)に国際誌Plant Physiologyの電子版で公開されました。

発表のポイント

背景

近年の地球温暖化は、世界の農作物の生産にも甚大な影響を与えています。一次生産者である植物は、人類の生存を支える食料生産において重要な役割を果たしています。しかしながら、環境の変動、特に、温度に対する植物の応答メカニズムは未だ十分に解明されていません。一方、植物の中には、積極的に発熱をするものが存在し、特に、岩手を含む我が国の寒冷地に自生するザゼンソウは、肉穂花序と呼ばれる花器が特異的に発熱し、その温度をほぼ一定に維持することができるユニークな特徴を持っています。

ザゼンソウの発熱器官である肉穂花序は、環境温度変化に鋭敏に応答することから、その温度調節メカニズムに関する研究は、植物の熱制御システムの理解に留まらず、地球温暖化における植物の環境適応に向けた分子育種や技術開発等においても重要です。本研究においては、ザゼンソウの発熱器官である肉穂花序に着目したトランスオミクス解析を行い、遺伝子発現と代謝変動のダイナミクスを明らかにすることに成功しました。

研究内容

未発熱(Pre)、発熱中(Hot)、及び、発熱後(Post)の3つのステージにある肉穂花序について、肉穂花序を構成する組織であるflorets(発熱レベルが高い)とpith(発熱レベルが低い)に分別し、解析用のサンプルとしました。それぞれの組織における転写産物の発現と代謝産物量について詳細なトランスクリプトーム解析とメタボローム解析を行い、発熱と相関を示す一群の遺伝子と代謝産物を同定しました。また、発熱中の肉穂花序で最も高い発現量を示す遺伝子については、当該遺伝子がコードする酵素タンパク質を精製すると共に、当該酵素の反応生成物がミトコンドリア呼吸に及ぼす影響を様々な温度条件で解析しました。

研究成果

トランスクリプトーム解析の結果、発熱ステージおよび組織の違いによって発現が変動する遺伝子(Differently Expressed Genes: DEGs)が合計3,624個同定されました(図1)。

図1.ザゼンソウ肉穂花序における発現変動遺伝子:ベン図の数字は未発熱(Pre)、発熱中(Hot)、及び、発熱後(Post)の3つのステージのそれぞれにおけるfloretsまたはpithの発現変動遺伝子の個数を表している。

この中で発熱中の肉穂花序のfloretsで高い発現を示す遺伝子を検索したところ、最も発現量の高い遺伝子がselenium-binding protein 1(SBP1)をコードしていることが判明しました(図2)。

図2.発熱中の肉穂花序(florets)で高い発現を示す上位10遺伝子:未発熱(Pre)、発熱中(Hot)、及び、発熱後(Post)の3つのステージにおける遺伝子の発現レベルが示されている。

SBP1は当初はセレン結合タンパク質をコードする遺伝子として同定されましたが、近年、同遺伝子はメタンチオールオキシダーゼ(methanethiol oxidase: MTO)として機能することが線虫やヒトで明らかにされています。一方、発熱中のザゼンソウ肉穂花序を含む複数の組織におけるセレン含量を誘導結合プラズマ質量分析により解析した結果、いずれもセレン含量は検出限界以下でした。ザゼンソウSBP1の予想アミノ酸配列にはMTOとしての機能に必要な全てのアミノ酸残基が保存されていることから、ザゼンソウの発熱中の肉穂花序で最も高い発現量を示す遺伝子は、MTOとして機能していると考えられます。ザゼンソウ由来のSBP1/MTOについては、肉穂花序から当該タンパク質を精製し、nano LC-MS/MSにより精製標品が予想される部分アミノ酸配列を有していることを確認しました。

MTO酵素はメタンチオールを基質として機能します。ザゼンソウ肉穂花序における硫黄代謝についてトランスクリプトームとメタボロームを統合した解析を行ったところ、発熱中の肉穂花序のfloretsにおいては、SBP1/MTOによりメタンチオールが消費され、硫化水素(H2S)が蓄積していることが予想されました(図3)。そこで、発熱中の肉穂花序のfloretsとpithにおける硫化水素の含量を比較した結果、硫化水素はfloretsにおいてより高い蓄積量を示すことが判明しました。硫化水素はミトコンドリアにおける呼吸経路に影響を及ぼす可能性が考えられることから、ザゼンソウの発熱している肉穂花序のfloretsから精製したミトコンドリアを使い、様々な濃度の硫化水素、及び、種々の温度条件で、チトクロームc呼吸経路(COX経路)とシアン耐性呼吸経路(AOX経路)に対する影響を解析しました。その結果、高い硫化水素濃度条件において、呼吸反応を行う温度が低下するとミトコンドリア呼吸におけるAOX経路の割合が高くなることが判明しました。AOX経路はこれまでの研究から熱産生に貢献することが知られており、今回得られた結果は、ザゼンソウ肉穂花序における温度調節とSBP1/MTOとの関連性を示す重要な結果です。

図3.ザゼンソウ肉穂花序における硫黄代謝経路:SBP1/MTOにより、悪臭成分(DMDS,DMTS)の生成が抑制される。

また、SBP1/MTOの作用によってMTO酵素の基質であるメタンチオールが消費されます。メタンチオールは悪臭成分であるジメチルジサルファイド(DMDS)やジメチルトリサルファイド(DMTS)の前駆体ですが、今回明らかとなった発熱組織におけるSBP1/MTO遺伝子の高レベルの発現によりザゼンソウの悪臭成分の発生が抑制されていることが示されました。もし、ザゼンソウにおいてSBP1/MTO遺伝子が発現していなかったならば、DMDSやDMTSが生じ、発熱時に相当の悪臭を放っていたことでしょう。また、SBP1/MTOにより生じた硫化水素とホルムアルデヒドの硫黄と炭素原子は硫黄代謝と1炭素代謝経路によりそれぞれ回収され、発熱代謝においてリサイクルされている可能性が示されました。ザゼンソウが発熱する氷点下を含む寒冷環境には明確な訪花昆虫がいないことから、本植物は悪臭成分であるDMDSやDMTSといった硫黄や炭素原子を持つ分子を放出することなく、これらの前駆物質を発熱のために再利用していると考えられます。

さらに、メタボローム解析からは、発熱中の肉穂花序floretsにおいて、ヌクレオチド代謝が活性化されていることが判明すると共に、細胞の飢餓シグナルとして機能するAMPが発熱組織において高レベルで蓄積していることが明らかとなりました。

今回のトランスオミクス解析から、肉穂花序の発達に応じた遺伝子発現と代謝産物の蓄積プロファイルの全貌が明らかになりました。特に、それぞれの遺伝子の発現や代謝産物の蓄積レベルは、その時期特異性や組織特異性は異なっていましたが、発熱ステージにある肉穂花序においては、発熱に関与する遺伝子群や代謝産物の蓄積が収束あるいは重なりを示していました。

従って、ザゼンソウにおいては、発熱組織で最も高い発現量を示すSBP1/MTO遺伝子と共に、糖代謝やミトコンドリア呼吸に関わる一連の遺伝子の発現と代謝産物の蓄積が発熱時に収束あるいは重なり合うことが本植物の発熱および温度調節に重要であることを示しています。この知見は、植物の発熱現象には「発熱遺伝子」が必要であるといった従来のシンプルな考えでは、ザゼンソウの熱制御システムを完全に理解できないことも示しています。また、今回の研究で明らかとなったSBP1/MTO遺伝子は、従来の研究では全く予想できなかった新規遺伝子であり、発熱植物ザゼンソウの温度調節メカニズム研究に大きく貢献するものです。

ザゼンソウは英語ではスカンクキャベツ(skunk cabbage)と呼ばれ、一般的には悪臭を発する植物として広く認識されています。しかしながら、無傷のザゼンソウには悪臭はなく、発熱している肉穂花序からもスカンクのような悪臭を感じることはできません。ザゼンソウの発熱現象の発見者であるKnutson博士が1979年に発表した論文には、次のような記述があります。

“an uninjured skunk cabbage flower has a faintly sweetish smell that gives no hint of the mephitic odor produced by any damaged part of the plant—a scent that one observer described as a mixture of skunk, putrid meat, and garlic” (Knutson, 1979).
(日本語訳:無傷のザゼンソウの花は、ほのかに甘い香りがし、植物のどこかが傷がついて生じる悪臭、ある観察者が表現したような、スカンク、腐った肉、そしてニンニクが混じったような匂い、を全く感じさせません。)

今回の研究成果は、「ザゼンソウは発熱時に悪臭を放つ」という誤った認識の修正を促すと共に、ザゼンソウが発熱時に悪臭を放出しない理由について、「発熱している肉穂花序で最も高い発現を示す遺伝子産物がメタンチオールオキシダーゼとして機能し、これが悪臭の原因となる物質の生成の抑制に働くからである」という新しい考え方を提示するものです。

今後の展開

本研究により、ザゼンソウの発熱器官である肉穂花序で発現している全ての遺伝子の情報が得られました。今後これらの遺伝子の中から、温度変化に鋭敏に応答する遺伝子が順次明らかにされるでしょう。野生植物ザゼンソウから得られた知見が地球レベルの環境変動に適応した農作物の分子育種等に貢献することが期待されます。

掲載論文

題目:Gene expression and metabolite levels converge in the thermogenic spadix of skunk cabbage.
著者:谷本 悠(岩手大学大学院連合農学研究科)、梅川 結(秋田県総合食品研究センター)、高橋 秀行(東海大学農学部)、後藤 広太(岩手大学農学部(当時))、伊藤 菊一(岩手大学大学院連合農学研究科?岩手大学農学部)
誌名:Plant Physiology (DOI: 10.1093/plphys/kiae059)

本研究は、JSPS 科学研究費「基盤研究(B)」(研究課題番号:24380182,16H05064, 19H02918)及び「先進ゲノム支援」(研究課題番号:16H06279 (PAGS))の支援を受けて行われました。

用語解説

  • 発熱植物
    呼吸等の細胞代謝の活性化により、特定の組織温度を上昇させることができる植物。ザゼンソウの他にショクダイオオコンニャク(Amorphophallus titanum)等が発熱植物として知られている。サトイモ科の多くの発熱植物は、数時間から数日間といった一過的な発熱により発熱器官からジメチルジサルファイドやジメチルトリサルファイドといった悪臭成分を放散し、訪花昆虫を誘引する。
  • ザゼンソウ
    サトイモ科の多年草植物。「ザゼンソウ(座禅草)」という名称は、座禅をしている僧侶にその姿が似ていることに由来する。英語では「スカンクキャベツ(skunk cabbage)」と呼ばれている。寒冷地の湿地に群生を形成して生育し、早春まだ雪の残る時期に開花?発熱する。氷点下を含む寒冷環境で発熱し、発熱器官の温度をほぼ一定にコントロールできる植物は、これまでのところ、ザゼンソウ以外に見出されていない。ザゼンソウは発熱時に悪臭を放出しないが、これはサトイモ科の発熱植物の中では例外的である。
  • 肉穂花序(にくすいかじょ)
    ザゼンソウの発熱器官。ザゼンソウにおいては、肉穂花序温度は外気温の変動にも関わらず23℃内外に1週間程度保たれる。肉穂花序の表面の組織は、floretsと呼ばれ、雌しべ、雄しべ、及び、花被から構成されるfloret(小花)が密集したものである。肉穂花序において、floretsよりもさらに内側に存在する維管束等を含む組織はpithと呼ばれる。肉穂花序の断面を高感度赤外線カメラで解析した結果から、発熱期の肉穂花序においては、floretsの温度がpithの温度よりも高いことが判明しており、肉穂花序における主たる発熱組織はfloretsであると考えられている。ザゼンソウの肉穂花序は他のサトイモ科植物にも見られる雌雄異熟と呼ばれる特徴を示す。雌雄異熟とは、肉穂花序において、雌しべと雄しべが出現する時期が異なることを意味しており、自家受粉を防ぐための仕組みとされる。ザゼンソウにおいて、その肉穂花序は雌性期(雌しべが肉穂花序表面に現れる時期)→ 両性期(雌しべと雄しべが一つの肉穂花序で共存する時期)→ 雄性期(肉穂花序が花粉に覆われる時期)へと変化する。ザゼンソウの肉穂花序における発熱とその体温の調節は、雌性期において観察される。ザゼンソウの雌性期における肉穂花序の発熱温度(23℃)は、花粉管の発芽や伸長に最適な温度である。
  • トランスクリプトーム
    細胞内で発現する転写物(transcript)の総体。近年の次世代シークエンサーによる塩基配列決定技術の進展に伴い、トランスクリプトーム解析を用いた網羅的かつ詳細な遺伝子発現のモニタリングが可能となった。
  • メタボローム
    生体サンプルから検出される代謝物(metabolite)の総体。質量分析を応用したメタボローム解析により、任意の組織や細胞における代謝物の網羅的な定量解析を行うことができる。
  • SBP1/MTO (セレン結合タンパク質1/メタンチオールオキシダーゼ)
    セレンに結合するタンパク質の一種として見出されたが、近年、MTO酵素として機能することが明らかにされている。MTOが触媒する反応は以下のとおり。
    CH3SH(メタンチオール) + O2 + H2O → H2S(硫化水素) + HCHO(ホルムアルデヒド) + H2O2(過酸化水素)
    MTOの基質であるメタンチオールは、悪臭成分として知られるジメチルジサルファイドやジメチルトリサルファイドの前駆体であり、MTOはこれらの成分の消臭に寄与する。ヒトにおけるMTOの機能不全は口腔外口臭症の原因になる。
  • トランスオミクス(Trans-Omics)解析
    トランスクリプトーム、メタボロームなどの網羅的な解析を複数組み合わせた統合的?横断的な解析手法。トランスクリプトームとメタボロームを組み合わせたトランスオミクス解析により、対象とする組織や細胞における特異的な遺伝子の発現や代謝経路を見出すことができる。
  • シアン耐性呼吸酵素(AOX)
    ミトコンドリア呼吸鎖の末端酸化酵素の一つで、植物や菌類、及び、原生動物に分布するユビキノール酸化酵素。発熱植物の熱産生組織で高い発現が観察される。ミトコンドリア呼吸鎖のもう一つの末端酸化酵素ではチトクロームc酸化酵素(COX)と呼ばれる。COXを介した呼吸経路はシアン化合物により阻害されるが、AOXを介した呼吸経路はシアン化合物に対し耐性である。
研究内容に関するお問い合わせ

農学部 応用生物化学科
教授 伊藤 菊一
019-621-6143
kikuito@iwate-u.ac.jp